SHARP

モノにはそれぞれ「適した温度」があります。今までの「冷やす」「温める」だけでなく、「適温」にすることでモノやサービスの新しい価値を提供したい。
そんな想いから生まれたシャープ初の社内ベンチャー「TEKION LAB(テキオンラボ)」。今までできなかったことを実現し、人々の生活をもっと豊かにする可能性を持っています。
今回は、従来のプロセスにとらわれず、シャープ独自の技術で世の中に貢献し、将来的には独立を目指す社内ベンチャー「TEKION LAB」におけるチャレンジを紹介します。

技術の価値を最大に

シャープには、世の中にまだない技術を追求する研究開発テーマが多数存在します。日々の研究の中で生まれる技術を事業部門が製品化することで、お客様に新しい価値を提供し続けてきました。これからは、このような技術の活用方法をシャープという枠の中だけで考えるのではなく、社外の多くの企業の製品やサービスとのコラボレーションで新たな価値を提供する方法もあるのではないか。今回、シャープの財産である“技術”の価値を最大化するという、新しい領域へのチャレンジを始めることにしました。

駐在員の一言から始まったチャレンジ

今回のチャレンジの核となるのは、シャープが独自に開発した、水をベースとする「蓄熱技術」。氷は0℃で融けて水になりますが、その時に周囲の熱を奪いながら状態が固体(固相)から液体(液相)へと変化します。この状態変化を相転移(そうてんい)と呼びますが、材料によってこの相転移が起きる温度帯は異なります。当社の研究開発チームは、相転移温度の違う材料を組み合わせることで、物質が凍る温度(凝固点)と融ける温度(融点)を自在にコントロールできるのではないかと考えました。

最初に製品化したのは、2014年6月発売のインドネシア市場向け冷蔵庫に搭載された「蓄冷材料」でした。開発のきっかけは、停電の多い地域の海外駐在員に起きた不幸な出来事。出張から戻った駐在員は不在中に停電が起きていたことを知らず、冷蔵庫に入っていた傷んだ食材を食べてお腹をこわしてしまいました。海外では日常的に停電が起きる地域がいまだに多く、食材を冷蔵庫に入れていても必ずしも安全ではないことがわかったのです。この課題を聞いた研究開発チームは、「蓄熱技術」を用いてこの課題を解決できないかと考えました。

5℃で凍って10℃で融ける水ベースの「蓄冷材料」の誕生

研究開発チームは、「蓄熱技術」を活用すれば停電時にも冷蔵庫内を低温に保てるのではと考え、事業部門に提案を行いました。当初は石油系の可燃性材料をベースとした蓄冷材料を開発しましたが、安全面やコスト面から実現性に乏しく、安全な素材である“水”をベースとした材料にこだわり、開発を進めることにしました。

調査によると、インドネシアでの平均停電時間は1回あたり約3時間。今までの研究結果から想定すると、5℃で凍り(凝固点)、10℃で融ける(融点)「蓄冷材料」を使用すれば、停電後も3時間程度であれば低温を維持できます。開発の目標は決まりましたが、水をベースとした材料での凝固点・融点の調整はゼロからのスタートです。水の凝固点を下げる(0℃より低くする)には水に不揮発性の材料を加えることで比較的容易に調整できます。一方、5℃で凍る、すなわち凝固点を上げるには技術面で高いハードルがあります。“どの材料を入れたら、5℃で氷の核ができはじめるのか?” 固体と液体の両方の特性を持つ液晶材料を数十年にわたり研究開発してきたシャープならではの「解析力」を活かし、様々な仮説を立てて検証を進めました。実用化には1,000回もの凍結・融解の繰り返しテストをクリアしなければいけません。試行錯誤を重ね、ついに材料の適切な組み合わせを発見することができました。

開発した5℃で凍り10℃で融ける「蓄冷材料」を冷蔵事業部門の商品開発メンバーに触ってもらい、見た目が氷なのに冷たすぎず、いつまでも触っていられる感覚を確認してもらうとともに、水ベースの安全な材料であることを訴求しました。

こうして、事業部門の商品開発メンバーとインドネシアのスタッフ(企画・技術)を交えたプロジェクトが2012年秋にスタート。一体となって取り組んだ結果、実用化第一号として、冷蔵室に「蓄冷材料」を使用したインドネシア向け冷蔵庫を2014年6月に製品化することができました。インドネシアでは、現在も「蓄冷材料」を搭載した冷蔵庫を販売しています。

適温の魅力を伝える「TEKION LAB」

「蓄熱技術」は、エネルギーとしての熱をそのまま蓄える技術であり、電気エネルギーがなくても設定温度を長時間キープします。しかし、電機メーカーであるシャープでは、電気エネルギーを使わないこの技術の冷蔵庫以外への展開は進みませんでした。
そこで社内ベンチャー「TEKION LAB」は、社外に目を向けて「適温」を求める人や企業を探し求めて東奔西走し、まずは「適温」の価値を人の感覚にダイレクトに訴えかけられる「美食」の分野を最初のターゲットに選びました。

「適温」の価値は、食材や料理を最高の状態(温度)に保つこと。赤ワインは何℃で飲むのが一番美味しいのか? 日本酒は外気に対してどれくらいの温度差が飲み頃なのか?「適温」にすることで、食品の生産者の思いやこだわりを消費者により伝えられたら、人々をもっと幸せにすることができると考えたのです。
「TEKION LAB」に込めた“世界を「適温」で幸せにする”という想い。それを実現すべく、チャレンジは続きます。

11番目の温度帯へのチャレンジ

現在、「TEKION LAB」は埼玉県幸手市にある蔵元「石井酒造株式会社」とともに新しい日本酒の「適温」に挑戦しています。石井酒造株式会社は、天保11年(1840年)創業の老舗ながら、酒造りを任される杜氏と8代目となる社長は業界でも最年少のコンビで、関係者全員が20歳代で大吟醸を作る取り組みなど、常にチャレンジしてきた蔵元です。「TEKION LAB」のパートナーとして、「日本酒の新しい適温」に挑戦しています。

日本酒の飲み方には、大きく分けて、「冷(ひや)」「常温」「熱燗」の3種類の温度帯がありますが、それぞれの温度を細かく分けると全部で10種類あると言われています。これまで、最も冷たい温度帯は5℃前後を指す「雪冷え(ゆきひえ)」となっており、氷点下の温度帯の名称はありませんでした。日本酒を「氷点下」で飲むとどうなるのだろう、という発想から話は始まりました。飲んだ瞬間・・・「これは面白い。まったく新しい感覚だ!」蔵元も杜氏も経験したことのないお酒の楽しみ方でした。口当たりはキリッとドライに感じます。次に、少し口の中で転がして温めると、華やかな香りが鼻腔を抜けていくのがわかります。さらに、少しずつ温度が上がることで香りが開きます。温度の変化によってお酒の味わいも変化するのです。これこそ、「適温」の価値をダイレクトに伝えることができるのではないか? 目指す方向性が固まりました。

今回のプロジェクトでは、日本酒の11番目の温度帯へのチャレンジとして、この「雪冷え」よりもさらに低い温度帯を「雪どけ」と名付けました。マイナス2℃で楽しむ「冬単衣(ふゆひとえ)」を石井酒造株式会社が新銘柄として醸造。「TEKION LAB」が、冬単衣のボトルを包む「蓄冷材料」を入れた保冷バッグを開発しました。
蔵元との共同開発は、今まで経験したことがなく、酒造業界の常識を学ぶことからのスタートでした。そして、氷点下の温度変化がお酒に与える影響やお客様に飲み頃を味わっていただくための保冷バッグのデザイン、ネーミングなど、徹底的に議論を重ねました。

石井酒造株式会社が限定醸造した雪どけ酒「冬単衣」と「TEKION LAB」が開発した「蓄冷材料」入りの保冷バッグは、3月28日~6月28日まで、株式会社サイバーエージェント・クラウドファンディングが運営するクラウドファンディング※1サービス「Makuake」にて販売され、4月25日には、国内におけるアルコール飲料ジャンルのクラウドファンディング史上最高記録※2を樹立しました。

  • ※1 クラウドファンディング(Crowd Funding)とは、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語。製品・サービスの開発、もしくはアイデア実現などの「目的」のために、インターネットを通じて不特定多数の人から出資を募ること。
  • ※2 クラウドファンディング比較サイト「ランクラウド(http://runcrowd.jp/)」のデータを参照しています。

独自の技術で、「適温」の世界を拡げていく

「TEKION LAB」は、シャープの財産である研究開発のチャレンジ、その財産をより多くの人に活用してもらうオープンイノベーションへのチャレンジ、そして、研究開発チームによって生み出された技術の事業化へのチャレンジという3つのチャレンジを結集させることで、シャープの独自技術の収益化を目指しています。

これまで、シャープの研究開発部門では、試行錯誤の末に新しい発見や開発をしても、社内で事業化できなければ世の中に価値を提供することができませんでした。しかし、シャープ自らが「技術の出口」を作るチャレンジに成功すれば、研究開発部門の在り方を大きく変えるきっかけになり、技術者の新たなモチベーションにも繋がるはずです。
「美食」の分野に続き、将来的には物流分野など、幅広い応用展開を検討しています。

当社の経営理念には、『いたずらに規模のみを追わず、誠意と独自の技術をもって、広く世界の文化と福祉の向上に貢献する』という一節があります。「シャープの中では活用が難しいと思われた技術でも、少し視野を広げれば必要としてくれる人がいて、世の中の役に立つことができる。それは、結果としてシャープに還元されるはず」との信念で、「TEKION LAB」の事業を進めていきます。

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