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当社を創業し、総合エレクトロニクス企業へと発展させた
早川徳次について紹介します。
1912年 当社創業者早川徳次 が「徳尾錠(ベルトのバックル)」の発明で特許を取り、同年9月15日、
東京本所松井町の一隅に小さな民家を借り受け、金属加工業として独立開業しました。
当時19歳であり、資金50円、3人でスタートしました。
その後、当社の社名の由来となる「早川式繰出鉛筆(シャープペンシル)」を発明、さらに国産ラジオ第1号、国産テレビ第1号の開発など順調に発展し、現在に至ります。
生い立ちから、当社創業の様子、国産ラジオ/テレビ第1号の開発など 大阪企業家ミュージアムで制作された漫画で早川徳次の生涯を紹介します。
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「講演会より」 ※AIFF再生プラグインをお持ちの方はお聴きになれます。 |
ひとつの製品を開発して、商品として売り出すまでにはいろいろと苦労がある。ところが、それがいいとなると他社もまた同じようなものを売り出す。日本人はまねがうまいと言われ、商業道徳上からこれを非難する人もいる。しかし、私は会社の研究部あたりには「他社がまねするような商品をつくれ」と言うのである。他がまねてくれる商品は需要家が望む良い商品、つまり売れる商品なのである。だから、いつも他がまねてくれるような商品を出すよう心がけていれば、企業は安定して成長していく。まねが競争を生み、技術を上げ、社会の発展になっていく。ただ、先発メーカーは常にあとから追いかけられているわけだから、すぐ次を考えなければならないし、勉強を怠ってはならない。また、一つが良いからといって現状に満足してはならない。元祖だからといってじっと構えておれない。さらにより優れたものを研究することになるわけで、まねされることも、結局は自分のところの発展に役立つと考える。
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