

* 所属及び役職、呼称につきましては、公開当時のものです。

アクオスに搭載された「倍速フルHD液晶技術」は、それまで弱点といわれた動画の残像感を解消した。フルスペックハイビジョンでは世界初の技術である。
フルスペックハイビジョン、という条件を除けば各メーカー同様のモデルを発表している。
1秒間に60コマの静止画を120コマに増やして映像の動きをなめらかにする仕組みも同じだ。
異なるのはアルゴリズム。ひらたくいうと、「映像信号の処理の方法」となるだろうか。
どのようにコマを増やすか、どこをなめらかに見せるかはアルゴリズムによって決まる。
シャープのアルゴリズム開発を担当したのは、技術本部先端映像技術研究所第1研究室長
吉田育弘。
自分の目にこだわり、いつも新しいものを世の中に送り出してきた技術者である。
その吉田の、倍速フルHD液晶技術におけるこだわりとはなにか。
話は3年前にさかのぼる。
2004年。45V型のフルスペックハイビジョン第1号機が亀山工場で誕生したとき、
吉田も技術者の一人として参画していた。
彼は従来8ビット、つまり256階調で表現していたR(赤)、G(緑)、B(青)の各色を1024階調(10ビット)のきめ細かさで表現しようとした。
当時、8ビットで充分、という声が大半を占めていた中で、あえて10ビットにこだわった。
学生時代は映像処理を専攻していた。
「自分の目で評価して最適化することをみっちり教えこまれました」と話す吉田は、机に8ビットのモニターを置きずっと眺めた。
普段は気にならないが、映画などの暗い映像では、やはり階調がなめらかに映らない。彼の目には、縞になって見えた。
吉田の「目」が8ビットでは足りない、と判断したのだ。

吉田は、2種類の「プロフェッショナルな目」を持っている。
ひとつは、映像を見る目。
そしてもうひとつは、「3年先を見通す目」だ。
その頃は、どんな技術が本流になるのか。
見誤るとライバルメーカーに遅れをとることになってしまう。
2004年、フルスペックハイビジョンを完成させた時点で、3年後は倍速技術が本流になる、と吉田はにらんだ。
残像感をなくす技術は各メーカーが取り組みはじめつつあり、さまざまな方法が検討されていた。
しかし、開発が困難なフルスペックハイビジョンの倍速技術はどこも挑まなかった。
「液晶のシャープの名に恥じないことをやりたい」。
彼の目標設定は明快だ。
「誰もやっていない、いちばん難しいことに正面から取り組もう。そう思いました」。
こうして倍速フルHD液晶技術の開発が始まった。
確かに、困難な目標だった。
まず、コストの壁が立ちはだかる。フルスペックハイビジョンだと、従来のものに比べ2倍以上の 部品代がかかる。これではとても家庭用の製品にはできない。
そして、彼の技術者としての意地が開発をさらに難しくした。
「“コマ数を2倍にして美しさも2倍になりました”では、もの足りない。
“密度を2倍にしたら、性能は4倍になった”。
それぐらいないと、驚きと感動は与えられませんから」。
新しい技術はまず驚きを与えることから始まる、と吉田はいう。
同僚を驚かせ、上司を驚かせないとプロジェクトは動かない。
倍速フルHD液晶技術にしてもそうであった。
測定する方法も装置も何もないところから、驚きと感動を探し続けた。
頼りになるのは、自分の目だけ。開発チームは動画の問題点を追いかけた。
「単純にコマ数を倍にしただけでも、画質は改善しましたが、それだけでは何かもうひとつ、足らないのです」。
事実液晶テレビは、この数年で急激に進歩し、残像感はほとんど解消されていた。だからそれだけでは、驚きが足りなかったのだ。
そこで彼が着目した課題、
それは意外にも画面に表示される字幕、つまり「テロップ」だった。
単純にコマを増やすのではなく、テロップの残像感を解消する特殊なアルゴリズムの開発に徹底的にこだわった。
そして3年。倍速フルHD液晶技術が完成した。
流れる文字がストレス無くきれいに判読できるだけでなく、
あらゆるコンテンツに対し最適な映像表現を可能にする工夫を織り込んだ。
「何をやっているか? それは内緒ですよ・・・。 でも
密度は2倍、性能は4倍、いや6倍かな」。
と笑いながら話す吉田の目へのこだわりが、液晶技術をまた一段押し上げた。

吉田は、国際的な学会でも発表する機会が多い。
今回の倍速ASV液晶も5月に発表すると大きな反響があったという。
「ひとつひとつの技術よりも、デジタル映像がどんな方向に進もうとしているのか、海外からの注目がシャープに集まっていると実感します」。
では、これからどんな時代に入ろうとしているのだろうか。
「たとえば、放送局のモニターはまだブラウン管です。これも液晶に変わっていくでしょう。そうすると、カメラの撮り方から変わります。大画面液晶を中心とした映像文化が始まろうとしている、その大本に立っている気がします」。
吉田の目に映っているもの、それは3年後の2010年、われわれがまだ見たことの無い将来のデジタル映像の未来かもしれない。